欧州連合(EU)の欧州委員会(European Commission)は、2018年4月11日、消費者の権利保護と救済措置の拡充などのための一連の消費者保護に関する指令(directive)の改正*1に関する提案(New Deal for Consumers)(以下、「本提案」)を公表しました*2

本提案は、消費者代表訴訟制度の利用可能範囲の拡大や消費者保護法違反に関する制裁金を一定水準以上とすることなどをEUの加盟国(以下、「加盟国」)に求めることを内容とする指令の改正を提案するものです。本提案に沿って各指令が改正され、それら改正に従って各加盟国の国内法が調整された場合には、事業者が各加盟国の消費者保護法へ違反した際のリスクが増加し、EU圏内で事業を行う日本企業による消費者保護対応にも影響を与える可能性があります。

本提案の内容は多岐にわたりますが*3、そのうち、EU圏内で事業を行う日本企業にとって重要と思われるものの概要は、次のとおりです。

1.消費者代表訴訟制度の利用可能範囲の拡大 一定の要件を満たす非営利の団体*4(以下、「適格団体」)が消費者*5に代わり原告となって訴訟を提起できる場面を拡大すること。

現行の差止指令(Injunctions Directive 2009/22/EC)も各加盟国に対して適格団体が消費者のために訴訟提起できるようにすることを求められていますが、差止めのみを対象としており、また、差止めの対象範囲も同指令のANNEX Iに列挙された第二次法(13の指令)に限定されています。本提案は、適格団体が消費者のために差止め以外の請求(損害賠償*6など)をできるようにし、かつ、ANNEX Iに列挙される第二次法を大幅に増やして(59の規則(regulation)及び指令)、金融サービス、エネルギー、通信、環境*7などの分野も対象とできるようにすることを求めています。

2.消費者保護法違反に対する制裁金を一定水準以上とすること 消費者保護法に違反した事業者に対して、当該違反の生じた加盟国における当該事業者の年間売上高の4%を下回らない制裁金を課すこと。

現在においては各加盟国ごとに大きく異なる*8消費者保護法違反への制裁金の水準を統一的なものとすることで消費者保護法違反への抑止力を高めることを目的としています。

本提案に基づく各指令の改正のためには、欧州議会(European Parliament)及びEU理事会(Council of the European Union)による採択*9が必要となります。この点、欧州委員会は、2019年5月に実施される欧州議会選挙までに欧州議会及びEU理事会の採択を得ることを目指すとしています。このような各指令の改正がなされた場合には各加盟国は各改正に定められる期限までに(通常は24か月以内に)各指令に沿った国内法の整備が求められることになります。

PDFをダウンロード


*1 不公正条項指令(Unfair Contract Terms Directive 93/13/EEC)、価格表示指令(Price Indications Directive 98/6/EC)、不公正取引行為指令(Unfair Commercial Practices Directive 2005/29/EC)、消費者権利指令(Consumer Rights Directive 2011/83/EU)などを改正することと、差止指令(Injunctions Directive 2009/22/EC)に代わるものとして消費者代表訴訟の関する新たな指令を制定することを含みます。

*2 http://europa.eu/rapid/press-release_IP-18-3041_en.htm

*3 本クライアントアラート本文記載の事項以外にも、①オンライン市場における契約相手方の情報に関する透明性の確保、②デジタルサービスの利用者の権利の拡張、③事業者の不公正取引(例えば誤解を招くマーケティングなど)の被害を受けた消費者に対して契約解除権や損害賠償請求権を含む個別救済措置がEU圏内で統一的に与えられること、④事業者と消費者との間のコミュニケーション方法の柔軟性の確保、⑤消費者から返品される商品について事業者が実際の返品の受領まで代金の返却を留保できることなどが提案されています。

*4 濫訴を防ぐ上で限られた公的な組織に対してのみ原告適格が与えられることとされています。

*5 米国のクラスアクションのようにオプト・アウト型(特段の除外の申出がない限りは全被害者を対象とするもの)とするか、それとも日本の「消費者の財産的被害の集団的な回復のための民事の裁判手続の特例に関する法律」のようにオプト・イン型(所定の届出によって手続に加入した被害者のみを対象とするもの)とするかについては、各加盟国の判断に委ねられるとされています。

*6 懲罰的賠償は認められないこととされています。

*7 欧州委員会は、本提案の動機の1つとして、欧州におけるディーゼル車の排ガス不正事件(いわゆるDieselgate)が挙げられています。

*8 欧州委員会のQuestions & Answers(http://europa.eu/rapid/press-release_MEMO-18-2821_en.htm)では、消費者に対して誤解を招く不当な表示をした場合の制裁金について、フランス、ポーランド及びオランダでは年間売上高の10%以下であるのに対して、リトアニアでは8,688ユーロ以下、クロアチアでは13,157ユーロ以下、エストニアでは32,000ユーロ以下であるという例が挙げられています。

*9 採択の前提として、欧州議会及びEU理事会による最大3回の読会(reading)において、本提案に関する議論や本提案が提案する各指令の改正案の修正(必要と判断された場合)などが実施されます